四姉妹の真珠　 　　富崎喜代美

朝からそわそわと落ち着かず、商売もそっちのけで一日中、心ここにあらずといった両親が、夕方になって「ちょっとそこまで」と、出かけていきました。
「夕飯前なのに、どこに行ったんだろうね」
「おかずが冷めちゃうよ」
姉妹四人で食事の支度をして両親の帰りを待っていましたが、時間がたつにつれて会話が途切れがちになり不安が募ります。両親が夕方外出することは滅多になかったし、行き先を告げずに出かけるのは珍しかったのです。
どのくらいたったでしょう。キッチンに重苦しい空気が漂いだした頃、車のライトが近づいてきて、家の前で留まり玄関から「ただいま」と意外に明るい声が聞こえてきました。
「どこ行ってたの。心配したよ」と、皆が口々に尋ねても「ご飯、先に食べてよかったのに」と、相手にしてくれず、両親ともニタニタ笑っているばかり。何か隠しているなと直感しましたが、いくら親子でも秘密にしたいこともあるはずだと、聞かずにおくことにしました。早くに祖母が泣くなり、七歳の私を頭に娘四人を育てながら商売と農業に身を粉にして働いてきた両親ですから、少しくらい自由な時間がなくては可哀相な気もしたのです。
貧乏ひまなしで、幼い頃の思い出の中でも、両親はいつも働いていました。当時は農業のかたわら陶器店を始めたばかりで、父と母はオムツも取れない末の娘を背に、一軒一軒チラシを配り外商に回っていました。疲れて家に帰ると、お腹をすかせた子ども達と、縦のものを横にもしない舅が待っています。農繁期には田植えや稲刈りもあって忙しさも倍になります。
そんな状態だから、四人も娘がいながら、家にはお雛様がありませんでした。友達がお母さんと一緒にお雛様を飾ったらしいという話を母にすると、自分の着物をほどいて着せ替え人形に小さな着物を作ってくれました。昼間は時間がなくて、夜なべして縫ってくれたのか、翌朝には出来上がっていたのには驚かされました。
七五三だからといって、きれいな晴れ着にも縁がありませんでした。お寺の行事でお稚児さんに扮したときは、四歳年上の従姉の着物と帯を借りました。白っぽい地に花柄だったでしょうか。初めての着物は嬉しいような恥ずかしいような、何とも言えない気分でした。
「ごめんね。着物買ってあげられなくて」
母の申し訳なさそうな様子をはっきり覚えています。
子どものことだから、おもちゃやお菓子や、欲しいものは山ほどあったけれど、とても口には出せませんでした。形振りかまわず、がむしゃらに働く両親の後ろ姿を見ていると、わがままが言える道理はないと、幼いながら感じていました。わがままを言い出したら、私ひとりで済むはずがありませんから。
それでも私達は幸せでした。喧嘩はしても四姉妹いつも一緒だったし、農家でもあったのでごはんはおなかいっぱい食べられたし、何より両親が働き者で一生懸命に生きる姿を見せてくれましたから。

　謎の外出をした日曜日から一週間がたった日のこと。両親が私たち四人を部屋に呼んで、紺色の四角いビロードのケースを四つ、目の前に差し出しました。
「これ、なあに」
聞いても二人してニヤニヤ笑っているばかり。それぞれ手にとって蓋を開けてみると、真珠のネックレスとイヤリング。どの箱にも艶々と輝く真珠が並んでいました。
「どうしたのこれ。高かったでしょう」と、びっくりしていると、「うーん」と目を合わせて笑っている父と母。
「あなた達が子どものころ、欲しい物、何も買ってやれなかったでしょ。成人式にはめいめいに着物を着せてあげたかったけど、それも叶わなくて。せめてお揃いの真珠のネックレスを買ってあげようと、この前お父さんと展示会を見にいったの。話したくてたまらなくて、秘密にしておくのは大変だった」
ふたりは目を細めて笑っていました。お酒も煙草も嗜まず、ギャンブルにも興味がなく、家族のためにひたすら働くだけの父。それを支え続けた母。両親には、どんなに感謝してもしきれません。あれから、私は夫が婿に入ってくれて、次女は隣町の人に嫁ぎ、三女は縁あって愛媛県の人と結婚。四女は遠く海を渡ってアメリカ人の妻に。四本の真珠はばらばらになりましたが、その分姉妹の絆は強くなったと思います。
わたしもいつか娘が生まれたら、両親を真似て真珠のネックレスをプレゼントしたいと思っていましたが、生まれてきたのは男の子ばかり。このうえは、三人の息子のお嫁さんに、真珠のネックレスを贈りたい。まだまだ、先の話ではありますが。