真珠パールエッセイ・私の真珠物語
 

息子を見つめるネックレス    丸山香華

 今年の母の日に、中学生の息子が、
「母の日のプレゼント何がいい?」
と言った。彼が生まれて十四年。彼からはじめてこんな言葉を聞いた。昨年までは、この世に母の日が有ることすら念頭になかった息子から聞く意外な言葉。
「えー、知行(息子の名)から母の日のプレゼントなんてありえない。なんでまた。」
と聞きかえす私に、
「べつに」
と息子はそっけない。「おそらく昨年私が癌をわずらったせいだな。だから急に仏心をおこしたのだな。」と思ったが、それでも母の日を思い出してくれただけでうれしい。
「そうだね。せっかくだから、何が欲しいか考えておくね。もうすこしまってよ。」
と言うと、聞こえたのか聞こえないのか、さっさと遊びに行ってしまった。
 それから私は母の日のプレゼントについて考えはじめた。カーネーションの花一本だって十分にうれしいのだけれど、今年の私は何故か思い出に残る大切なものが欲しいと思うようになっていた。
 その時私の心にふっと浮かんだプレゼントが有った。それは真珠のネックレスである。それもイミテーションではなく本物の真珠のネックレスである。まさか真珠のネックレスを十四才に買ってもらえるわけもないから、お金は私が払うのである。私は決心した。  ある日その事を息子に告げると、
「エー、真珠のネックレスだってー。どんだけーだし。やっぱプレゼントやめるわ。」
とおじけずいている。私は、
「まあ、心配しなくていいよ。お金は、かあちゃんがへそくりから出すからさ。お前は消費税分をちょこっと出してくれればいいよ。でもネックレスを買いに行く時にはつき合って欲しいのよ。かあちゃんの自分へのプレゼントってとこか」と言うと、
「いいよ。」
とあっさり承知してくれた。
 いよいよ息子とデパートへ行く日である。近頃は並んで歩くのさえ恥ずかしがるありさまだから、二人でデパートへ行けるなんて、ほとんど奇跡に近い。これも私の病気のおかげかとちょっと感謝した。
 ショーケースをながめていると、
「母ちゃんは年だからこっちの方が似合うんじゃないの。」
などと息子は生意気な口をきいてくる。あれこれ迷って、結局私はライトピンク系のあこや真珠のネックレスを選んだ。息子の“みたて”より幾分若々しくデザインもカジュアルである。予算はオーバーしたけれど、“お金はこんな時にこそ使うもんだよな”と納得して売り場を後にする。帰り道で
「母ちゃん、明日から毎日お茶づけかよ。」
と心配する息子に
「お茶づけより水だろ」
と言いかえしつつも私の心は満足していた。
 このネックレスは、知行が結婚する時に愛する人にあげたらいい。
「そういえば中学の時、母ちゃんと一緒に買いに行ったよなぁ。」などと遠い日の思い出をその女性に伝えながら。まだまだ先の事なのに、その娘さんはこの真珠のネックレスを気に入ってくれるだろうかなどといらぬ心配をする私は、親バカである。
 とはいえ、弱気は禁物。私はその日まで何としても生きるつもりだ。そして私のこの手でまだ見ぬ娘さんに、息子の将来と思い出の真珠のネックレスをたくすのだ。それまでは絶対に死ぬわけにはいかない。これは私の私一人の決心だけど。
 一方、息子はそんな私の気持ちなど知らず
「母ちゃん、もう参観日にはズゥエッタイ(絶対)来るなよな。」
と言いすててさっさと学校へ行ってしまう今日この頃である。それでもめげない私は、“参観日のお知らせ”が来れば、あのネックレスを胸にさげて、こっそりと授業参観に出かけるのである。
 今生きている幸せをしみじみとかみしめながら、廊下の窓からそーっと授業を受ける息子の姿を見つめているのである。息子と一緒に買ったあの真珠のネックレスと共に。


(「パール・エッセイ集」の作品より)



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