真珠パールエッセイ・私の真珠物語
 

贈りもの    田中 理佐

 この春、長男の入学式に、鏡台の奥深く眠っていた真珠のネックレスをやっとつけてみる気になり、取り出した。
  このネックレスには、贈ってくれたある人の、大切で苦い思い出が重なっている。
  私には、足長おじさんがついていた。母方の遠い親戚にあたるその人は、なんでも、貧しい学生であったその昔、私の祖母が食事を供したり、洗濯したりと、ずい分世話をしたとの事で、私は、ものごころついたときから、その人に可愛がられ、助けてもらっていた。母子家庭のささやかな暮らしの中で、出前もちのおすしや、高級なお菓子などの記憶は、その人とつながっている。誕生日には、欠かさず、チョコレートやクッキーなどのお菓子が届けられた。
「ねえ、もうはたちになるムスメに、チョコレートはないんじゃないの。そろそろアクセサリーか別のものがいいなあ。」
  ある年、私はそんなふうに文句を言った。
「そうか。でも、後に残るようなものを贈るのって、いやなんだよなあ。食べたり使ったりして、きれいさっぱり、なくなってしまう方がいいねえ。」
  と、その人は答えたものだ。私は、お礼もロクに言わなかったのではないか、と思う。友達と食べて、あっという間になくなっちゃったよ、と笑う私に、それはよかったねえ、と返す、そんなひとだった。そして、それからもやっぱり、チョコレートとクッキー、なのだった。
  私の結婚が決まり、式を控えたある日のことだった。私は結婚祝のリクエストに、コードレスのアイロンセットを頼んでいた。それなのに、
「ホラ、結婚祝。」
  そう言って、その人がよこしたのは、真珠のネックレスだった。しかも、かなりの大粒。華やかなピンク色の、上等な品物だ。専門店に何度も足を運び、自分で選んだものだという。
「安物は買ってないよ。東京や大阪の百貨店へ行けば、倍はするって店の人のオリガミつきだ。」
  と、その人が珍しく自慢した。
「人間はね、節約とぜいたくと、できれば両方覚えた方がいいんだよ。これから大変だろうけど、必需品は自分たちで準備しなさい。僕は“ぜいたく”しか贈らないからね。」
  楽しそうにそう言って、ふと思いついたように付け加えた。
「それに―、これならウエディングドレスにも合うだろうしね。」
  ところが、式場のお仕着せのドレスにはアクセサリーがセットになってついていた。私はネックレスを贈ってくれたその人の、気持ちを思いやることもなく、出された首飾りを身につけて、披露宴に出た。もちろん、その人は、このことをとやかく言う人ではなかったけれど。
  しかし、その後、私は後悔することになる。というのは、突然に、本当に突然に、その人が、不慮の事故で、この世を去ってしまったからだ。こんなことって本当にあるの!?と何度も問いかけたぐらい、あっけない死だった。通夜に駆けつける時、私は真珠のネックレスは身につけなかった。何度目かの法事で身につけてはみたものの、結婚祝として贈られたそれは、悲しみの席には、そぐわないような気がした。その人のやさしさを当然として、甘受していた私の子ども時代は、終わりを告げた。以後、そのネックレスは重い後悔の残る品として、奥深くしまわれたのだった。
  そして、今、桜の花舞う春、私は三人もの子供の母となり、いちばん上の子どもはピカピカの一年生。いつの間にか、私は、未熟ながらも、人を慈しみ育てる側へと回っている。
  実のところ、今でも胸の痛みなしに、真珠のネックレスを手にすることはできない。しかし、私は、愛情あふれるその人のこころを、贈ってもらった、と思っている。押し込めておいてよいはずはない。このネックレスは、これから入学式や発表会、さまざまな場面の中で、幸せの思い出を重ねていくことだろう。
「ありがとう。」
  心から、そう言える日が、ようやくめぐってきたのだ。


(「パール・エッセイ集」の作品より)



愛媛県漁協 本所 真珠課 愛媛県漁協 本所 真珠課
〒790-0002 愛媛県松山市二番町四丁目6番地2
TEL:089-933-5117 FAX:089-921-3964
フリーダイヤル:0120-42-5130
E-mail:m-shinju@ehimegyoren.or.jp

愛媛県水産会館