真珠パールエッセイ・私の真珠物語
 

我が家の真珠物語  薛 浩美


 去年の暮れから、義母が同居することになった。夫と女三人の同居生活である。娘は十七歳、私は四十七歳、そして義母が七十七歳である。ちょうど三十歳年が離れているので、価値観もライフスタイルもさまざまである。義母は人の世話になるのがなにより嫌いなたちである。白内障の手術を受けた時、子供たちには何も知らせなかった。看護師さんが心配して「ご家族の方に連絡しましょうか」というのも聞かずに、一人バスで帰宅している。さすがに四年前盲腸ガンになったときは、長男にだけ連絡を入れた。それも、手術の同意書を提出しなければいけなかったから仕方なくて、である。下着も夜中に洗濯して、ベッドの下に干していたというから、なんとも情けない話である。子供は息子二人。娘がいればすこしは変わっていたかもしれない。
 義父は昨年の十一月十一日に亡くなった。八十二歳だった。入院生活が五年続いた。義母はわがままな義父のためまな板持参で毎日病院に義父の見舞いに行っていたが、突然二年前から義父の病院に足を向けることが出来なくなった。病名はパニック障害である。入れ歯をはずして眠っている義父の顔をみて、おそろしくなったという。義父のことを考えると胸が締め付けられ、息ができなくなる。救急車で病院に運ばれたことがあった。検査の結果は異常なし。あとは精神科で診てもらうだけといわれ、点滴が終わると自宅に帰されてしまった。
 義母があんなに恐れていた義父の死が訪れた。義父の死は義母には知らせなかった。わたしたちと義弟の家族七人だけで葬儀をとりおこなった。それから一ヵ月後、わたしは義母に同居を持ちかけた。それまでも何度か同居を勧めたことはあったが、「息子に迷惑かけたくない」と頑として頭を振らなかった。しかし、今回だけは素直にしたがった。寂しさが限界に達していたのだと思う。風呂にはもう半年以上入っていない。着替えも二ヶ月に一度という。一日中電気もつけないくらい部屋で義父の帰りを待っていたのである。
 同居がはじまっても、部屋に閉じこもりでトイレと食事のとき以外は、部屋から出てこなかった。一日中天井を眺めてくらしていた。そして食事を早めに済ませ、五時に睡眠薬を飲んで眠りにつく生活が続いた。介護認定の手続きをして五月からデイサービスを利用するようになって、少し人間らしい生活をとりもどしてきている。風呂にも週二回入るようになった。
 義父の死を告げたのは、八月だった。初盆が近くなったので義弟の嫁が口を開いた。やはりショックだったのだろう、血圧が二百までたっして倒れこんでしまった。彼女が看護師だったので、ことなきをえた。
 お盆の朝、突然義母は身の回りの整頓を始めた。「そろそろ、じいちゃんのお迎えがわたしにもくるようだから……」と。
 そんなとき、タンスの中から取り出して私の目の前に差し出したのが、真珠のネックレスと真珠のイヤリングだった。「結婚三十年ということで、おじいちゃんが私にくれたもの。ちょうど浩美さんと同じ四十七歳のときにじいちゃんがくれたとよ。浩美さんは結婚して何年になるね」
「もう十八年ね。そがんなるとね。三十年まであと十二年はあるね」
 義母は、その日嫁いできてからの苦労話をなつかしそうに話しだした。
「お前に何も上げられるものがないから。」
「結婚式の次の日、ダンサーが怒鳴り込んできたとよ。自分と結婚する約束してたのに、だまされたと。そんとき二階でじいちゃんは寝てたよ。『だまされるあんたが悪い』と言って、ばあちゃんがその女を追いかえしたよ。その女がドアをバタンって蹴って出て行った音が今でも耳に残っている。おそろしかったよ」
「女がすきやもん。お金ぜんぶ女につかったもんね。ばあちゃん、『毎日お金つかいなさんな。息子や孫たちに残さんといかんよ』っていったけど、いうこと聞かんもんね、手がつかん」
 そんなじいちゃんが結婚三十年目に贈った真珠のネックレスとイヤリング。「ばあちゃん、なんもあげるとなかもんね」
 義母にもらった真珠のネックレスとイヤリングは、大事に鏡台の引き出しにしまっている。時々嫁姑のいさかいがある。その後に、引き出しをこっそり開けて反省をする。「ああ、はよ死にたか。迷惑かけたくなか。」を毎日連発している義母であるが、「寝たきりになったらおおごとする。迷惑かけられん」
「今日、みんなからきれいかってほめられたとよ。一人じゃなかとよ。何人もからよ。」と連絡帳を出しながら食卓につく。義母にもらった真珠のネックレスとイヤリングは娘がお嫁に行くときに持たせてあげようと思っている。そのときは、おばあちゃんの生き方も一緒に……。


(「パール・エッセイ集」の作品より)



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