真珠パールエッセイ・私の真珠物語
 

パールと私と  金沢妙美


物心つく時分から、光る物が好きだった。五、六歳の頃、駄菓子屋へ花火を買いに行く時も、赤や黄色のアクリルビーズのネックレスや腕輪でフル装備、という具合で、近所のオバサンの失笑をかったものである。
  又、祖母が外出時につける指環を、いつも目ざとく見つけ、“おばあちゃん、コレいらなくなったら(つまり死んだら?)私に頂戴ね。”と先約をとりつけていた。祖母は私が小二の時に胃癌で亡くなったが、子供の率直さとは限りなく残酷なものである。もっとも大好きなおばあちゃんとサヨナラした時は、唯々悲しいばかりで、勿論指環の行方も、私如きませガキの、預かり知らぬところである。
  小四の夏休み、友達と市営プールに行った。水遊びに夢中の私だったが、足の裏に何やら異物感がある。その感触から、咄嗟に魚の目玉を連想したが、恐る恐る拾いあげてみると、小指の先程の真珠ではないか。(これはどえらい拾い物だ!)何故そんな物が落ちていたのか?管理人に届けなくちゃ、などとは、全く考えも及ばず、私は帰途についた。
「ネ!ママ、これ本物よネ!絶対絶対本物よネ!?」
鼻息を荒くして私は母に迫った。母はフフ……と笑っているだけである。業を煮やした私は、“駅前のヨシダ”に行って調べて貰う!と言い出した。“駅前のヨシダ”とは、町内唯一の宝石店である。母は慌てて、
「わかった、わかった!これは妙ちゃんの大事な物やから、ちゃんとしまっとき。お嫁に行く時、“ヨシダ”で指環にしてやるから」と言った。結局、母は否定も肯定もしない。件の真珠の真贋は、母に横領されなかった事実から明白だが、その日から小さな真珠は、私の宝物ダントツ一位となり、紺色の千代紙の箱の中で、女王の座に君臨した。 私は一日に何度となく真珠を取り出しては、ためつすがめつ眺めた。恐らく蛍光塗料か何かが施されていたのだろう。親指と人差し指の間に取ってゆっくり回すと、テラテラとした光を放つ。私は、それに自分の花嫁姿を重ねあわせ、うっとりとしたものである。人工的な安っぽい光りでも、子供を満足させるには充分だった。逆に落ち込んだ時もよく眺めた。母に叱られて、格好がつかなくなり、空腹ではあるものの、食卓に着くにはプライドが許さない、という状況、畳に寝転がって真珠を眺めていると、まあるい形が涙を連想させるのか、余計涙がこぼれてきた。優しい様な、悲しい様な、慰めてくれている様で、一緒に泣いてくれてる様で……。
  そんなふうに愛でていた真珠だが、長じるにつれて、次第に手にする事もなくなった。私は「指環にしてあげる」と言った母の約束が、私をなだめる為のものだったと、理解し得る年齢に達していたのだ。成人して職に就き、私は何カ月か分のお給料を貯めて、初めて指環を買った。七ミリ程度のブルーグレーの真珠に、ちょっとオマケでつけちゃいました!と愛嬌程度に、ダイヤを添えた物である。当初、オーソドックスなクリーム色の物も捨て難く、散々迷ったのだが、お店の人の一言が決め手となった。“ビール通が黒ビールを好む様に、こちら(ブルーグレーの方)は通の方がお選びになる真珠ですよ。”みえっ張りの私は、この言葉に骨抜きにされた訳である。 後年、いろんなお店を回って眼が肥えてくると、そう大したモノではないと判ったが、私の様なお調子者には、こういう授業料も必要なのだろう。 お勤めを続け、可処分所得が増えるにつれて、私は自分への御褒美のつもりで、ささやかなジュエリーを買い足していった。宝石フリークの私に受け付けない宝石などないが、真珠というのはやはり他の色石とは別格のものである。大抵の宝石は鉱山から採掘された後も、研磨やカット等、かなり人為的な加工過程を経て、初めて商品価値を発揮するが、真珠となると些か事情が異なってくる。ひとたび貝に核入れがなされると、後は人の手を離れ、海の揺籃に戻すしかない。これ程、先端技術だ何だという世の中にあって、何とシンプルで潔い事かと思う。赤潮に呑まれて淘汰されるか、或いは、華珠となって女性の胸で輝くかは、最早人間の力の及ばぬところ、言わば運命に身を任せた“生のままの美しさ”という性質に私は強く魅かれる。そして、その丸い形を眺めていると“いやし”“和み”という言葉を思い出さずにはいられない。お葬式に唯一、身につけるのが許されるのは真珠と聞くが、それも自然な事ではないか。海からやって来たヒトが、海から産まれた真珠に、懐かしさや安堵を覚えるのは、出自を共にするからに他ならない。
  いい年齢になった今でも、時おり宝石箱を開けると“彼女”の事を思い出す。勿論、件の“市営プール産フェイクパール”だ。大人になる前の私に、随分と夢をみさせてくれた。まだまだ現実なんて判っちゃいない、綺麗な物、可愛い物だけが好き、という十代前後の夢野バカ子と貴重な時間を共有し、限りない“いやし”を与えてくれた一粒のパールである。

(「パール・エッセイ集」の作品より)








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