真珠パールエッセイ・私の真珠物語
 

涙色の真珠  小倉みな子


ある日の昼下がり、私の家へ一本の電話がかかってきました。
「とてもいい真珠があるので……」見知らぬ人からの声。それは私に高い真珠を売りつけようってこと?それっていわゆるキャッチセールス?私はそんなに簡単に、だまされる女じゃないんだよーと、心でつぶやきながら
「結構です」
と、悠々たる態度で、電話を切りました。
  ところが、次の日も同じ時刻にまた電話。“しつこいなあ”と思いながら出ました。すると、相手はきのうの電話の主ではなく、同会社の違う人物でした。彼女は、真珠の話は出さずに世間話をはじめました。これがなかなかおもしろい!こいう手口もあるんだなと心で思いながら、話に夢中になりました。
  それから何回か、彼女からの電話に出て話してるうちに、真珠を見てみてもいいなあと思うようになりました。 それまで、くわしくは真珠のことを知りませんでした。もちろん、相場がどれくらいということも……。とりあえず見せてもらうだけ、ということで、神戸にある店へ行きました。
  彼女に案内され、説明を聞きながら真珠を見ているうちに、真珠はとても神秘的だと心から思いました。
  そこに置いてある真珠は、高価なものが多く、私はドキドキしてしまいました。今まで見たことのない美しい色、光沢。一生ものの真珠だけに、「このくらいを購入している方が…」とすすめられたものの、そんな簡単に出せる金額ではありません。
  その日は彼女にお礼を言って、あきらめて帰りましたが、どうしても欲しくなりました。オレンジピンクのつやつやと輝く真珠。値は二十万くらいです。 私は悩みました。もしかすると、二十万の価値のない真珠かもしれない。自分では、そこまで勘定する知識なんてない。かといって、母に相談すると、きっとその店に足を運んだことも怒られるだろう…。頼るのは彼女のみでした。
  “ええい、清水の舞台からとびおりるつもりで、だまされたと思って買ってやれ”
  そうしてオレンジピンクの真珠は、私のものになりました。
  それから二週間程たったでしょうか。私が仕事から帰ると「これなに?」と、玄関で仁王立ちした母が、何か紙をピラピラしながら私に言いました。そのするどい目ときたら……。
私はその紙きれを見て、血の気がひきました。私が購入した真珠の領収書でした。
  その後、えんえん一時間説教され、買った真珠を見せるハメになり、この分じゃ余計怒られると思いながら、二十万円の価値があるはずの真珠を、恐る恐る母の前に差し出しました。ううっ、怒鳴られる、いや、なぐられるかもしれない…と、子供のころから厳しく育った私は、ビクビクしていました。
  しかし、母の反応は思っていたものと違い、態度もさき程とは一変しました。
「なかなかいーやん」
えっ?その時私は、母が冗談を言っていると思いました。
「この値やったらまあまあやな。安いとは言われへんけど…」
とりあえず私はホッとしました。私は、彼女にあらためて礼を言いました。
  彼女からの電話は、真珠を購入した後も私の所にかかってきました。そしていつしか、お互いの悩み事などを相談し合う仲になりました。 そして、忘れもしません。平成七年一月十七日、あの大惨事となった阪神大震災です。
  彼女の住む一人ぐらしの家には、電話がついていませんでした。なかなかつながらない電話をもどかしく思いながら、私は彼女の会社に電話をかけつづけました。
  ようやくつながったのは、二週間もたってから。
「残念なことですが、○○はあの地震で亡くなりました」
電話の声はふるえていました。私の受話器をもつ手もふるえました。なんで、なんで……と、心の中でつぶやきました。少しでも彼女をうたがったことを、悪く思いました。
  今でも何か大切な事がある時、あの時の真珠のネックレスを身に付けるのですが、真珠の美しい光が今の私には悲しく輝きます。そして彼女の
「私は宝石の中で真珠が一番好き」
と言った、彼女の言葉を思い出します。

(「パール・エッセイ集Vol.3」の作品より)

 









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