真珠パールエッセイ・私の真珠物語
 

パール・レイン  五十川ひろみ


 九月の日曜日の朝だった。秋雨前線の影響で、前の日の夜から、雨は止まなかった。彩子は、小さなタメイキをついてベットからおり、少し大きめの窓を開けた。すると、ベランダには透きとおった色の真珠が一粒、今にも落ちそうに光っていた。
  真珠−。昨夜、恋人の透と久しぶりに会って話をした。その時、彼は彩子にポケットから小さな包みを取り出して、こう言った。
「俺たち、そろそろいいと思うんだけど。受け取ってほしい」
そう言う彼の瞳をとらえながら、彩子は夢を見ている様な動作で、その箱を開けた。−これが、世に言うプロポーズなのね。今、私はエンゲージ・リングを見ようとしているんだわ−。そう思い、高なる胸を静めながら開いてみると、そこには清楚な輝きをたたえた、真珠の指輪があった。
「どう?気に入ってもらえたかな」
そう言って微笑む恋人の言葉とは裏腹に、彩子は落胆を隠しきれない。そして一言、吐息をもらすように小さく、
「ダイヤじゃないのね」
と言ってしまっていた。瞬間、透の顔がこわばるのが、眼の端に見えた。彩子は、生まれてしまった気まずい息苦しさをもて余しながら、次の言葉を探した。見つかる前に、透は席を立ち、そのまま何も言わずに車に乗りこんだ。 どれ位時間が流れただろうか。いつしか雨は強まり、その音で静けさが壊されるのを、彩子はむしろホッとした気持ちのまま、気付くと家の前まで来ていた。透は、何も言わない。彩子はノロノロと車を降り、テールランプを見送った。
  −どうして、ダイヤじゃなくパールなのかしら?彩子は、宝石の中ではダイヤが一番、婚約指輪にふさわしいと思っていたし、実際、彼女の友人の中にもダイヤ以外をもらったという話は聞いたことがなかった。
  起きぬけの体を、ため息と共に、脱力感で抱きしめながら、彩子はぼんやりと考え込んでいた。その時、ふいに電話が鳴った。
「ハイ、田村です」「あ、ご無沙汰しております」「ええ、元気です」……透の父だった。
「いや、出しゃばりすぎだ、と家内にニラまれているんですがね、昨夜、息子がやけに落ち込んで帰ってきまして、何も話しませんで、もしかしたら婚約指輪を彩子さんにお渡ししたんでは−」
「ハイ。昨日の夜、頂きました」
「真珠の?」
「そうです」
「がっかりされたでしょう?ダイヤにしろ、と言ったんですが、息子が私共の話を聞いて、是非、彼女にもと言ってきかないんですよ」
「そう申しますと?」
「いやあ、三十年も前の話で恐縮なんですが、私が家内に渡したのが、真珠なんですわ」
「そうだったんですか。私、あの、何も知らなくて……」 
  彩子は胸が一杯になった。電話をくれたお礼を丁寧に言った後、受話器を置いた。
  自分が、なんだか恥ずかしかった。心の奥の方で、透に謝っている声が聴こえる。
  ずいぶん前に、あなたの家へ招かれた時、あなたのご両親が本当に仲が良くて、うらやましくて、私「素敵なご夫婦ね」って言ったわ。そしたらあなたが、「俺たちも、ああなるよ」って言ってたっけ。覚えていてくれたのね、ごめんね。
  もう一度電話が鳴り、彩子はその音で現実に呼び覚まされた。誰からかは、わかっている。眼から大粒の真珠が、あふれているのも構わずに、彩子は受話器を取った。
「もしもし」

(「パール・エッセイ集Vol.4」の作品より)








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