真珠パールエッセイ・私の真珠物語
 

妻の審美眼      脇田儀雄


 そもそも僕は(今でもそうだが)異性にはもてなかった。センスが悪く遊び下手で、軽い冗談もなかなか出てこない性分のため真面目な話題が多いせいか、警戒されるというよりも距離を置かれてしまい、僕の求める姿−互いの心の琴線に触れあう機会なぞなかなか訪れやしない。もっとも、僕の相手に寄せる好意が一方的なのか、つまり片思いなのか、とにかく恋愛まで発展したためしがなかった。それまで仲良くやってきたつもりの女友達の一人一人が僕のことなど眼中にもなかったかのように、ほかの男に理想像を求めて離れ去って行くのを見る度に、まるで僕一人が取り残されていくような感覚に見舞われ、一抹の寂しさを感じえなかった。
  幸いなことに郷里では適齢期に達した女性が大勢いたため、それなりの彼女を得ることができた。僕の考え方に賛同し、常に僕を男として立ててくれる優しい女性である。
  交際期間には僕はいろいろなものを彼女にプレゼントした。僕には人が喜んでくれる姿を見ることをうれしく思う性格的なものがある。彼女の誕生日が近づく頃になると、プレゼントは何にしようか、ソワソワ、ウキウキした。またそういう状態にある自分が分かって幸福感に浸ることができた。
  特に印象に残っているプレゼントの品は、当時の給料の中から相当無理をして捻出した大きな象牙のブローチ、ジュエリー箱のオルゴール、そしてパールのネックレスである。
  結婚後の月日が流れ、その彼女も今や四児の母親である。花も恥じらう乙女心は出産と同時になくなり、毎日が家事と仕事に追われ、細かった腕もたくましいものとなり、大声で子供達に向かって命令を下している。小ぎれいで簡素だったわが家も、今や物があふれ足の置き場もない。
  とくに妻として母親として一生懸命頑張っている彼女に対し、不満などあるはずがないが、時々不思議に思うことがある。
  一般に女性たちが大切にする(と思う)アクセサリーの類に関しては全く無頓着なのである。確かに結婚後はプレゼントらしいプレゼントはあまりしていないが、結婚前にはあれほど喜んでくれたプレゼントの品々が無造作にあちこちに放り置かれている。
  曲名は絶対これに限る、とあちこち探し回ってやっと手に入れた『エリーゼのために』のかわいい音色を奏でるオルゴール箱は無惨にも蓋が壊され、中には子供たちのチビたクレヨンやエンピツが納まっている。珍しい象牙のブローチは洗面所の物置台の上に、何かの薬品に汚染されたのか、半分黒ずんだまま放置されている。
  店員の勧めるまま、大きい粒ではないが、かといって決して小さくもなく、財布の中身と相談し、意を決して購入したパールのネックレスはその姿をとんと見ない。いろいろな会合やパーティー、結婚式、また法事などに身につけて出席するには手ごろなものだろうと思い、かなり無理した金額で、その色つや、大きさも僕なりに満足していた品物であった。
  そのネックレスをして彼女が外出する姿は一度も見たことがない。何かの折にそのことが気になって彼女を問いただしてみたいという気も起こるが、いつも忙しそうに働いている姿を見るとあえてそうしようとは思わない。
  心の片隅に気に掛けながら過ごしていると、ある日偶然にもようやくネックレスの所在を知ることができた。
  出先からの彼女の要請で捜し物をしていると、彼女のタンスの一番奥の秘密の小棚の中に見つけることができたのだ。なんだあるじゃないか、とふと安堵感にも似た気持ちになる。蓋を開けてみるとなにやら中に書き物があるにの気付いた。なんだろうと取り上げてみるとこう書いてある。『私の一番大切なもの、きれいなままで娘に譲ること』
  なるほど、パールのネックレスは彼女の宝物になっていたのだ。積極的に身に付けてもらいたいと思っている僕とは反対に、彼女はネックレスを後生大事に保管することに決めていたのだ。思わずも彼女の一番の宝物になっていたことに僕は大変感激した。
  それにしても他のプレゼントと一線を画してあるのは彼女は審美眼からなのだろうか。パールの持つ魅力にひかれたからなのだろうか。
  後日、彼女の返事はこうであった。
  いろいろいた男の中で独特な個性の持ち主である私を選ぶことに決めた。そう決心した日にたまたまプレゼントされたパールは、まるで自分の決意を祝福する神様からの贈物に思えた、とのことであった。
  家計は完全に彼女に掌握されているので、小遣いを少しずつでも蓄えて、いつしか新しいパールをプレゼントしたいと考えている。

(「パール・エッセイ集Vol.2」の作品より)








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