真珠パールエッセイ・私の真珠物語
 

お母さんの真珠      高橋結花


 高校生になったばかりの私にとって、父は嫌悪の対象でしかありませんでした。長患いのため、頻繁に入退院を繰り返している母を放っておいて、人一倍、朝早くに出勤しては毎日、明け方頃に帰宅するのがほとんどで、休日まで会社へ向かう父の姿を見て、病床の母と直接向かい合うのはそんなにイヤなの?と、私は、悲しい気持ちで毎朝、彼を見送っていました。
  家族は一人っ子の私と、両親だけ。母の看病は、私にもできたけれど、心細い時や痛みの激しい時など、彼女は決して口にはしませんが、きっと父の支えを必要としていたはずです。休みの時くらい母のそばに居ても良いじゃないの!と、私も怒りに近いものを感じていました。
  それを察したのでしょう。母は「休日返上して働かなくてはならないほど私の治療費が高いのね。お父さんには本当に申し訳ないわ」と泣いていました。もしものことがあったらね、と安心させるように母は微笑みながら「お父さんのこと、頼むわね」一と言い遺した翌日、彼女は逝ってしまいました。
  私は、心が砕けてしまいそうなほどの深い絶望感と悲しみに、まるで幼子みたいに泣き叫び、涙が溢れて止まりませんでした。
  それから三日後、父は見知らぬ若い女性を突然家に連れて来て「一緒に暮らしたい」と言いました。彼女は、小さな男の子の手を引いて、外見も妊娠しているようです。
「この子は、お前の《弟》だぞ!よかったじゃないか。結花、キョウダイ欲しいよって言ってたもんなァ?腹の子も産まれたらさぞにぎやかな家庭になるんだろうな。それからこの娘…、お前には《お母さん》になる人だが、何と年齢がなァ!二十一歳だから、結花には五才年上の、まぁお姉さんみたいなモンだ。若い感覚も近いから、仲良くできんだろ?」
  父の言葉を終わりまで聞かないうちに、私は部屋を飛び出していました一。
  あの子のことを《弟》だと言っていた!お母さんが病気で苦しんでた時、お父さんはあの若い女の人とずっと一緒に居たんだ!それも私とあまり年差のない女性と…。朝早く出掛けるのも、帰りが毎日遅いのも、休日出勤なのも全部《嘘》!みんな、あの女性と逢うための口実だったんだ一。
(お父さんには、申し訳ないわ)と言う母の細い声が、幾度も蘇って、やり切れない気持ちになり泣きました。それ以来、父とは冷たい関係というか、ギクシャクした雰囲気の中で直接かかわらないようになりました。
  ある日、教材費が必要になって、いつもの通り父の財布から使う分だけを抜き取って金額のメモを残しておきました。しかし今日にかぎって、常に財布の下層部にあるチリ紙の丸めたものが気になって仕方ありませんでした。大きい財布なので、最初は鼻をかんだものをずっと忘れたままにしているのかなと思い、捨てようとつまみ上げると、これが結構重みがあり、中に異物感もありました。(何かを包んでいる…)。私は、慎重にそれを広げました。すると、美しい乳白色の光沢を放った、真珠のイヤリングがごぼれるように二つ現れ出ました…。
「何してるんだ!」
  背後にいた父に気が付かない程、私はそれに魅入っていたのです。私は取り繕うように「別に。見ただけで、盗もうなんてしてナイよ。どうしたのコレ?若い《お母さん》への贈り物ォ?」
  私は最大の皮肉を込めて、父に向かい言いました。彼は、肩を落とした感じになり「…俺を、憎んでいるだろうなァ」と深い息を吐きました。調子づいた私は、さらに悪態をつき
「憎むぅ?だって全然、お父さんと私は関係ナイじゃん!」
「その真珠はなァ結花、死んだお母さんのモノだよ」
「え?」
一私はとても驚きました。父が、母の形見を大切にするとは思えなかったからです。
「俺を、憎んでいるだろう?」
彼はもう一度繰り返しました。
「…恐かったんだよ。だんだん弱っていくのを見るのが。お母さんがもう戻って来ない気がして」
「バッカじゃない!」
…これを機に、私は今まで溜めていたすべてをブチ撒けました。
「苦しい時、お母さんがどんな気持ちで待ってたと思う?なのに浮気なんかして!そんなの、信じると思うの?」
  父はうなだれて「……真っすぐ、家には帰れなかった。今朝より弱ってんのが分かるから。けど俺は何もできない!そばに居ても病気は治せない。苦しんでる姿を見るのが可哀想でたまらなかった一《救い》が欲しかったんだ。そんな時、飲み屋であの娘と出逢った。多分どっちも寂しかったんだな」
……こんなに気弱な姿を見たのは初めてでした。父はこぶしを握って、大粒の涙をボロボロこぼしながら「済まん」と何度も言いました。一弱虫のお父さん!家族の問題、全部から逃げ出して……でもアナタなりに苦しんでいたんだよね?私も一緒に大泣きしていたら、心配して来た《お母さん》《弟》も、皆で泣いちゃった。――(もう許してあげてね?)お母さんの声が聞こえた気がする。振り返ると、食卓の上で二粒の真珠が、新しい家族を見守っていた。

(「パール・エッセイ集Vol.3」の作品より)








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