真珠パールエッセイ・私の真珠物語
 

「真珠と切手」       渡瀬節雄



 「セニョール、貴方、日本人ですか」
 「ハイ。そうです」
 南米チリの漁業調査の旅に来て約一カ月余り。南部のプエルトモン郊外のホテルに泊まっていた日曜日の朝。
 朝食前に近くの公園のベンチに腰掛けて、遠くに見えるオソルノ富士の美しい姿を眺めながらぼんやりしていた時に、若いチリ女性が近づいてきて声をかけてきた。
 「何故日本人とわかるのですか」と問いただしたところ、彼女は「貴方のネクタイについている真珠の輝きが素晴しいわ。こんなよい真珠をつけているのは日本人の証拠だと思うわ」と、さりげなく答えた。
 海外に出掛ける時に持って行くお土産で最も良く、喜ばれるのは真珠である。特に女性を大切にするお国柄のラテン・アメリカではそうであるので、各種真珠製品をいつも多めに携行する。
 彼女は私の傍らのベンチに腰掛け、その真珠を触って「素敵だわ」という言葉を何度も言った。そしてチレーナ(チリ人女性)にとって、日本に行くことが憧れの的であることと、日本に行って真っ先に真珠を買いたいとも言った。
 私は内ポケットから、いつも持っている真珠のイヤリングに手をかけて、彼女に一つプレゼントしてやろうかと考えた。
 その時、彼女は「貴方、独身でしょ。もしよかったら日本に帰る時につれていって」と、さりげなく言った。
「ノー、ノー。独身ではないよ」
「そんなことないわ。とても若く見えるんですもの」
 日本人が年より若く見られることは世界中どこへ行っても定評があるが、御多聞に漏れず、私も独身と思われたのである。
 あまりにも何度も日本の真珠のことを聞くので、ポケットの中から一対の真珠のイヤリングを取り出して、彼女に見せた。
 彼女は、それを大事そうに手にとりながら譲ってほしいというので、貴女のような美しいチレーナに会えた記念にプレゼントすると言ったところ、彼女は「本当!夢みたい」と言って、その真珠を両手で胸に抱くようにして満面の笑みをたたえて喜んでいた。
 彼女は手帳を出して自分の住所と氏名をメモ書きし、私に渡して、今夜もここに滞在するなら、夜一緒に食事をしましょうと誘ってきた。
 私は彼女と会う時間と場所を約束して別れた。
 その夜、彼女と会った町のレストランは広い庭園の中にあって、眼下に海が見渡せる眺めのよいところであった。
 私は、彼女にもう一カ月以上もチリの旅を続けているが、趣味で集めている珍しい魚の切手が欲しいので、帰りに首都サンチャゴで探したいと思っていることを話した。 彼女は、親戚が経営しているホテルが中心街にあるので、そこを紹介するからと言って、ホテル名と電話番号を教えてくれた。
 私はあと二、三日後にサンチャゴに行くから、必ずその時はそこに泊ると言った。私たちは楽しい食事をし、彼女が別れの際に求めてきた濃厚なキッスをしたあと、私はホテルに戻った。
 サンチャゴに着いて彼女が紹介してくれたホテルに行ったところ、彼女が既に来ていたのには驚いたが、その彼女に市内で有名だという切手店に案内してもらい、前から探していた切手を見つけたが、とても高くて買えそうにもなかった。
 彼女は一生懸命交渉してくれて大分安くしてもらったが、それでもまだ手が届かなかった。
 その時に思いついたのが、いつもポケットに入れている真珠である。
 この真珠に手持ちの米ドルをプラスしてうまくその切手を入手することができた。
 海外に出かける時、特に仕事で出かける時には真珠は便利だ。相手側からみれば高価と思われるし、持ち運びに便利な上に、真珠といえば日本ということになっているからイメージもよい。
 チリで手に入れた、真珠プラス若干の米ドルで交換した一八世紀のフォークランド諸島(現在は英領となっている)の捕鯨船の切手は、世界中の鯨と魚の切手を収集している私にとって、最高の思い出となり、かつ貴重で高価な切手としてわが家の宝になっている。

(「パール・エッセイ集Vol.3」の作品より)








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