真珠パールエッセイ・私の真珠物語
 

「真珠の首飾り」       塩見 俊子



 宝石箱を開けると、二連の真珠の首飾りが無造作に入っている。その輝きは月日が経つ程に、ますますきらめきが増してくる。二十年程前、銀座「ミキモト」で買ったのだ。
 確か、二十二万円程だったと思う。それを今の夫である秀雄が、夏のボーナス全額はたいて買ってくれたのだ。汗と涙の結晶のボーナスをためらわずに支払ったその心意気に、私は深く胸を打たれた。
 東京で一人暮らしの貧乏な娘に、そのプレゼントはまばゆかった。目の前にいる平凡な男が一瞬輝いて見えた。ゴージャスな真珠を首にかけた時、自分が急に「ローマの休日」のオードリー・ヘプバーンになったかのように、心ときめいた。今思えば、その日着ていた安物のブルーのワンピースには、きっと「豚に真珠」の雰囲気であっただろうが、私は幸福で満たされた。
 ああ、しかし、それが大きなまちがいであった。真珠の首飾りは、私の関心を自分に引き寄せる、彼の一生に一度の大作戦であったのだ。
おかげで、彼は、頭も良く美しい女性を、まんまと我が妻にすることができたのだから……。
 結婚して二十年経つというのに、すてきな贈り物など一度もくれはしない。それどころか、私はひたすら働いて、親子三人と猫一匹の食料費を稼がねばならないのだ。
 この結婚は失敗だった、詐欺だったんだ、と自分の洞察力の弱さに腹が立ち、幾度、やり直そうと決心したことか……。それでも、かわいい子供の笑顔になぐさめられ、思い留まり、今日になった。ケチな主人のやり方にはむかつく日々の連続だった。じんましんが出そうだった。
私はもう、主人の考え方に従っては生きてゆかない事にした。自分独自の考えや思想を大切に、自分の世界を確立した。
 指輪の好きな私は、主人が買ってくれないものだから、せっせと自分で買い求めた。宝石は離婚する時に持ってでるのにちょうどいいのだ。
ダイヤ、ルビー、アメジスト、サファイヤなどの輝きは本当に見事なものだ。女の心を狂わす魔性を秘めている。宝石が欲しいがために働いていた時期もある。これも勝気な女の生き方だと思っている。
 不思議なことに、ダイヤやルビーは自己顕示欲を満たすけれどやさしさがない。パールはなぜか精神と心をなごませ気高くしてくれる。
真珠の女神は、しとやかな女神なのかも知れない。はねっかえりの私に、時として静かに教訓を与えてくれる。
「優雅でありなさい。上品にふるまいなさい。」
 野心家で大胆な女には、耳の痛いささやきだ。
 何のとりえもない魅力もない夫なのに、ここまで来れば、もう死ぬまで一緒のような気がして、あきらめの境地に達している。
でも、運命共同体として、夫婦の歴史には、二人だけの思い出が満ち満ちている。ケンカをしながらも理解しあっている部分も多い。
 ケチなダンナであるがゆえに、マンションと家が買えた。石手のマンションは貸していて、彼も一応家主なのだ。何もないところから出発したんだから、二人の努力の結果である。現在、住宅ローンに苦しめられながらも、親子三人にしては広いゆったりとした家で、のびやかに暮らしている。不平ばかりを言っていては神様に叱られるかも知れない。夫がいて子供がいて、仕事に恵まれ、すばらしい友人もいるのだから、私も一応幸福なのかも知れない。
 こんな変人夫婦であるけれど、神様は祝福していてくださるのかしら。そしてら、ひとつ夢があります。あと数年経てば、銀婚式。その時に主人が、夏と冬のボーナス全額はたいて(百万円以上はある。)高級な真珠の首飾りを買ってくれて、こう言うのだ。
「才能豊かな君と結婚できて、僕は幸福な人生が送れた。平凡な僕を見捨てずにいてくれてありがとう。心から、愛と感謝をこめて、
ささやかなプレゼントをするよ。」
 その時私は一生に一度のやさしい声で返事をする。
「私みたいな極道な妻を、いつも許してくれてありがとう。あなたのおかげで、人並みに平和な人生が送れて幸福に思っている。
あなたと結婚できて、今、良かったと思うわ。」
 そんな場面はきっと来ないだろうな。だから永遠に、彼に感謝の言葉は言わずに死ぬ予定だ。でももし夢が実現したら、私はきっとエリザベス女王になった気分で宙に浮く。真珠には、熱い恋をしている中年女がここにいる。
「オー、マイ パール、ア ファンタスティック ドゥリーム」

 

(「パール・エッセイ集Vol.1」の作品より)








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