真珠パールエッセイ・私の真珠物語
 

不機嫌な真珠       佐枝せつこ

 高校2年生の娘に、初めてのボーイフレンドができた。やっと子育てが楽になったと思ったのに、今度は娘を持つ母親として新しい心配の種ができた。
 娘は誕生日に、ボーイフレンドからブランドの財布をプレゼントされて帰ってきた。
「アルバイトをして、ためたお金で買ってくれたんだよ」
と大喜びの娘に、
「高校生のくせに生意気な奴だな」
と、夫は不快な顔をした。
「ねえ、それってキムタクみたいじゃないの」
と私が言うと、娘は「そうなんだ」と、ますます喜んでしまった。
 少し前テレビで、木村拓哉扮する大学生が、好きな女の子が欲しがっていたネックレスを、何日もアルバイトをしたお金で、クリスマスにプレゼントするというドラマをやっていた。
「現実はドラマじゃないんだぞ」
夫は不機嫌な声を出した。
「小さいときは早く大きくならないかなあと思っていたけど、娘はずっと子供のままがいいなあ」
と、その夜、主人が私にぽつりと言った。
 男親の方が娘に対しては、複雑な思いなのかもしれない。
 私は急に、実家の父のことを思い出した。
 婚約時代に主人から貰った誕生日プレゼント。青いビロードの箱を開けると、葉の形をしたシルバーの上に小さな真珠が五粒付いたブローチが入っていた。
「まあ、ステキなブローチ」
 母は一緒に喜んでくれたのに、父はいやに不機嫌だった。
「この間、結納に指輪を持ってきたばかりだろう」
と、私が胸に付けても見ようともせず、
「次から次ぎへと生意気なやつだ」
と、文句ばかり言っていた。
 後から母が、
「お父さん、あんまり洒落たブローチだったから、よけい怒っているのよ」
と、こっそり教えてくれた。
 今年のお盆、思いついたこともあって、久し振りに真珠のブローチを付けて、夫や娘たちと実家に帰った。
「お父さん、ただいま」
 父に胸のブローチがよく見えるようにして言ってみた。
 父は真珠のブローチを見ても、何も言わなかった。
 結婚してからも、母親になってからも、父は私が身に付けているものにはいつも必ず何か言ってくれたのに。今の父の目は私を見ていても、どこか遠くを見ていた。
「お父さん、迎えの車が来ましたよ」
母が父を呼びにきた。
「ねえ、こんな日も行くの?」
私が聴くと、母が、
「そうなのよ。今日はせっかくみんなが来ているから、お休みするつもりだったけど、朝になってお父さんがどうしても行きたいって言うから」
 家の前に止まっている車とは、市の福祉課からのデイサービスの車だった。二年前から、脳梗塞から痴呆症状が出た父は、一週間に三回、デイサービスのお世話になっている。一人で看護する母にとっては、時々休息ができる心強い味方だった。
「おじいちゃん、待ってるから早く帰ってきてね」
 介護の人に車に乗せられた父は、声をかけた私や、見送っている夫や娘たちの方も振り返らなかった。
 父の背中からは、寂しささえ感じられなかった。その感情のない背中が、離れていることを理由に頻繁に顔を見せない私を、ひどく責めているような気がした。
「これからは、できるだけ来てあげような」
と、夫が言ってくれた。
 私の胸には、父を不機嫌にさせた真珠のブローチが今も輝いている。この輝きが、父に、もう一度あの時の感情を呼び起こさせてはくれないかと、私は真珠のブローチに願っていた。

 

(「パール・エッセイ集Vol.4」の作品より)








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