真珠パールエッセイ・私の真珠物語
 

真珠の魔法       松村 安優美

『その人』は真珠の様に白い肌に黒い髪、たくさんのランの花に囲まれて、にっこりと微笑んでいた。私が『おにいちゃん』と呼んでいた人の、寝室の壁に貼ってあるポスターの中で『その人』はにっこりと微笑んでいた。
 私はとりたててきれいではなく、しかも化粧はベタベタして嫌い、と一切せず、男に生まれてきたいと願いような女だった。その上、男尊女卑の日本が許せず、一生癌の研究をしたいからと、アメリカに留学するような女だった。
 その私がある日、ホントに気まぐれにナンパをした。アメリカの税関で、留学生の列は長く、ヒマ潰しがしたかったから、視界に入った日本のパスポート保持者が彼だけだったから、そばにいた人が彼だけだったから、声をかけた。そしてたまたま同じ大学だったので、再会を約束した。
 再会の日、大学のそばのピザ屋でたわいもない話をして、フト時計を見るとすでに四時間は経過していた。初めて会った人のはずなのに、昔から知っている人のよう、まるで『おにいちゃん』と接しているかのような気分にさせられた。
 私はその時すでに一目惚れをしていたのかもしれない。なぜって?『おにいちゃん』の首に巻き付いていた女物のネックレスが、妙に気になったから。
 『おにいちゃん』とはいつも一緒にいる様になった。同じ大学の日本人留学生は、たいてい大学院生のオジ様ばかり。他の国の留学生とは悩みが違ったり、そんなこんなで話が合わないけれど、『おにいちゃん』は年も近いせいか一緒にいて本当に楽しかった。
 そして、たまたま遊びに行った『おにいちゃん』の家、『その人』は微笑んでいた。「女優さん?」と聞くと、「彼女」との答え。その後は聞きたくもない言葉の羅列。今、彼女は、タイの両親の元で仕事を手伝っているからここにはいない、という事。『おにいちゃん』のご両親は占いを信じる方達で、彼女との事を占ってもらうと、二十九才で結婚すれば幸せになれるとの事で、現在は待っているところという事。世界で一番愛している人だから、他の人は女には見えない事。そんな事を話してくれた。
 それからもずっと『おにいちゃん』と妹の様な関係が続く。一緒にはいるけれども手もつながない、もちろんキスもしない、そんな関係。けれど私は確実にいつも一緒にいる『おにいちゃん』に恋いこがれていった。
 ある日、私は『おにいちゃん』に告白することを決意した。そして白魔術を学んだことのある友人に相談した。
「おにいちゃんの事が好き。おにいちゃんには結婚を前提として付き合っている人がいるの。真珠みたいに真っ白い肌に、黒い髪のきれいな人。愛している人がいるのは分かっているけれど、今、おにいちゃんに『好き』って言わないと、後悔することになる気がする。私、勇気が欲しい、告白できるだけの勇気が…」
 友人は一粒の真っ白い真珠の玉を真っ黒いムスクのような香りのする袋から取り出した。
「満月の夜に取り出した海と月の力を持っている真珠。あなたに勇気と真珠のような白い肌を与えてくれる」
そう言うと、彼女はクリスタルでできたトンカチで真珠を叩き割り、レモンのような匂いのする水の入ったビンに入れた。そして、モゴモゴと呪文。そして、私に手渡し、毎日少しずつ飲み、次の満月の日に飲み干し、それから告白に行く様に、と言った。
 不思議な事に『おにいちゃん』と『その人』は、私が真珠のレモンジュースを飲み出した日から、すこしずつずれ出したようだった。『おにいちゃん』の愚痴が増え、私と一緒にいる時の彼女への電話の回数も減った。このまま二人はダメになるのかと思ったけれど、予想に反して『その人』は『おにいちゃん』の元へ、アメリカへと戻って来てしまった。そして、妹は一人でキャンパスを歩く様になった。
 満月の夜、私は最後のレモンジュースを飲み干した。真珠が口の中でザラついている。「勇気、勇気」と唱えながら、思い切って飲む。そして、しばらく会っていなかった『おにいちゃん』の元へと走って行った。息を切らして目をみつめて
「おにいちゃん、言いたい事があるの」
と言った私に、『おにいちゃん』は
「妹じゃなく、彼女として付き合いたいんだ。もう、別れたから」
と言った。
 真珠を見る度に私は、不安と安心を交互に感じる。不安とは白魔術に頼って『おにいちゃん』の幸せをうばったのではないか?という事。けれど、私の夫が「お前といると幸せだ」とほめてくれる時、十年以上たった今でも、心の底からうれしいと思える。そう、『おにいちゃん』は今、私の夫である。そしてもう一つの安心。これは安心して夫とつきあえるという事。なぜって?たとえ浮気をしたとしても、もう一度真珠のレモンジュースを飲めばよいのだから!

 

(「パール・エッセイ集Vol.3」の作品より)








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