真珠パールエッセイ・私の真珠物語
 

白衣の天使と真珠       岡野由佳

私が初めて真珠と出会ったのは、看護学校の受験の時。
その日は雪の散らつく寒い日で、受験生の私は、緊張も手伝って震えながら学校の門をくぐった。会場に入り、問題集を開いてみても、何故か落ち着かない。そうこうしているうちに早々と時間になり、いよいよ試験開始。覚悟を決め、不思議と気分が落ち着きかけた時、私の目に数人の看護婦の姿が飛び込んできた。よくたとえで、看護婦のことを「白衣の天使」というけれど、その時私は本当に天使を見たかのような強い衝撃を受けた。
その白い天使たちは、黒い受験生たちの間をひらひらと舞うように試験用紙を配り始めた。私はしばし、その姿にくぎづけになった。真っ白な白衣に身を包み、結い上げた髪にはナースキャップ、その後ろ姿には、何故かどの看護婦もキャップ止めに真珠が鈍く光っている。まだ高校生の私には、真珠など縁のないもの。なのに、その鈍く白い高貴な輝きは、白衣とともに脳裏に焼き付いて離れなかった。
まるで、その白衣に魅入られたかのように、私はその学校に進学した。しかし、私を待っていた現実はそう甘いものではなく、先輩との相部屋の寮生活。一年生の間は基礎の机上学習で、白衣どころか試験に明け暮れる日々。そんな私の目に、白衣を着て颯爽と臨床実習へ向かう先輩の姿は、余計に凛々しく頼もしく見えた。さらに、受験の日の看護婦は卒業された先輩学生だったことを知り、ますます白衣に対する憧れは増した。
戴帽式は二年生になってから。その日初めて白衣を着て、ナイチンゲール誓詞の下にキャップをいただく。一年生の時に初めて見たそのおごそかな儀式に、私は感動のあまり涙が次から次からあふれ、止まることを知らなかった。
しかし、その私も明日はいよいよ戴帽式。前夜、同室の先輩や後輩とささやかなお食事会。手作りの料理に話も弾み、場が和んだ頃、先輩が
「かぶってみる?」
自分のナースキャップをとり、仕草をしてみた。私は突然の事に、少し戸惑ったもののおそるおそるキャップを受け取り、頭の上にかぶってみた。
「わぁー。先輩、似合う、似合う。いいなぁ」
後輩がすぐさま叫ぶ。慌てて私は鏡に向かう。鏡の中には、白いナースキャップをちょこんとかぶった自分。これまで先輩にかくれて、こっそりかぶってみた時とは何かが違う。急に体の中を熱いものが込み上げてくる。ちょっと泣けてきそうな私は、照れくさくてすぐにキャップをとり、先輩に返した。
「いいなぁ。私も早くキャップがかぶりたい」
後輩がため息をつく。まるで一年前の私だ。そこでやっと私も涙をのみこんで笑顔になった。
先輩は、そんな私を見ておもむろに、キャップの真珠をはずし、
「これ、お祝いにあげる」
私の手のひらに、そっとその白い玉を転がした。
「えっ」
どうしてよいかわからず、私はそのまま言葉を失くした。
「真珠はね。生きてるから大事に扱わないといけないの。汗や皮脂も拭きとってあげないと、表面の光沢もなくなってしまう。やわらかなものだから、手荒にするとすぐ傷ついてしまう。弱いものなんだということをまず知って、一番いいようにしてあげることが大切。患者さんと一緒なの。実は、私もこの真珠は先輩からもらったんだけど、やっぱり先輩も戴帽式の前にもらったんだそう。この真珠は代々こうして受け継がれていくものなのね、きっと」
先輩は、最後は自分に言い聞かせるように話した。
そう、もしかするとこの真珠は、あの受験の日の先輩のものだったかもしれない。この小さな白い玉がずっとずっと前から先輩たちに受け継がれ、患者さんたちをみてきたのかと思うと、何か怖いような不思議な気がした。
真珠は、温かく優しいもの、繊細な心をベールで包み込んでいるような気高いものであると私は思った。受験の時に見た白衣の天使たちは、まさに真珠そのもののイメージで、私の心に看護婦像を作り上げていった。
そして戴帽式で、私は初めて真珠を身につけた。
あの先輩から受け継いだ真珠は、いまも後輩たちに受け継がれているのだろうか。はや十数年前になろうとする学生時代を懐かしく思うと同時に、今も看護の道を歩む私に、果たして真珠のイメージはあるのか、自問自答する日々である。

(「パール・エッセイ集Vol.4」の作品より)








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