真珠パールエッセイ・私の真珠物語
 

風にそよぐネックレス       浜田亘代

 パーティは盛会であった。
 帰りの車の中で、何気なく胸もとに当てた手が空を探った。
「あっ!ない!落としたわ」
「何を落としたんだ?財布か?」
 ハンドルを握って、前を見つめたまま夫が不機嫌な声で尋ねてきた。
「ネックレスよ。パールの」
「真珠のネックレス!おい、ホテルで落としたのか?戻ってみよう」
 差し迫った口調になった。
「いいのよ。見つかると困るのだから…」
「何だと?」
 ニューヨーク市の格式のあるホテルで開かれたそのパーティが、夫の勤務する商社ニューヨーク支店の、新支店長就任挨拶のためだったのか、それとも合弁会社設立披露のために催されたのか、三十余年もの前の事で、定かな記憶はない。
 夫人同伴というお達しに加えて、服装は着物かロングドレス着用のこととあった。適当な着物を持参していなかった私は、ロングドレスを買いに出掛けた。おぼつかない英語を操って、小柄でバストとウエストが同寸という私の変則的な体型に合うドレスを探し歩き、何軒目かの店で、やっと気に入ったのを見つけた。
 そのドレスの値段は、あと何ヶ月かは家計のやりくりに頭を悩まさねばならないほど高いものだったが、私はもう金額の大きさに構ってなどいられない、という気になっていた。
 赤と黒の玉虫色に光るベルベットのドレスは、肩からウエストにかけて、斜めに大きなドレープ(ひだ)が何本も寄せてあった。私は店の試着室の鏡の前で、優雅にお辞儀をしたり、爪先立ちをしてみたり、首をねじ向けて後ろ姿を映したりしてみた。その度に布は柔らかく揺れて私の体型をカバーし、目をむいた金額に見合う満足を与えてくれた。
 家に帰って、靴は?バックは?とそろえているうちに、ふと気が付いた。
 アクセサリーが要る。
 深みのある赤に、黒に、と光線で変化する色、ベルベットのどっしりとした質感には、パールこそがふさわしい。
 でも、私はパールのネックレスも持っていなかった。
 思案のあげく、タンスの隅にあった子どもの玩具のような安物の長いイミテーションパールネックレスを、ドレープの陰から、ほんの二、三粒がのぞくように中途を糸でくくった。それでも、動作につれて、ネックレスはちらりと真珠色の輝きをみせ、ドレスに華やぎを添えている。
 落としたのは、そのネックレスなのだ。
「なあんだ。本物じゃないのか。では、放っておけばいいさ」と、夫は事もなげに言い放った。
「でも、あの立派なホテルにふさわしくない落とし物。誰に拾われても恥ずかしいわ。」
「確かに。真珠は日本の誇る輸出品だからなあ。しかし、何でまた、そんな安物を付けていったんだね?」
 場所柄もわきまえず、という非難を言外に匂わせた夫の言葉に、口から気の利いたパンチを繰り出そうと、私は猛然とシートから身を起こした。と、足元に軽い音を立てて、何かが落ちた。
「あったあ!」
 くくった糸が切れて、ネックレスは、ドレープの中にはまりこんでいたのだ。
「これか?軽いなあ。これでは落ちても分からぬわけだ」
 ハンドルから手を離して、夫はネックレスを手のひらに載せて笑った。
「でしょう。何で作られているのか知らないけど、このネックレスは風にだってそよぐのよ」
「まあ国辱物がバレずに済んでよかった。銀婚式には、首の骨が折れるほど、重く大きい本物のパールネックレスをプレゼントするよ」

 娘の結婚式を数日後に控えたある日、夫は帰宅するなり、自社名入りの大型封筒を私に渡した。中に金色の包装紙の小箱が入っている。
「これ何?どうするの?」
「真珠のネックレス。プレゼントだ」
「あら、あの娘は彼に贈ってもらっているわ。なにも父親がする事はないのよ」
「あいつにじゃない。明日は、おれたちの真珠婚式だ」夫はぼそっと言った。
 小箱の中は、小粒ながら本物のパールネックレス。首の骨が折れるには程遠いが、さすがに胸もとに快い重みを感じさせる。
 わたしは、このネックレスを身につけて金婚式を迎えられるといいな、と思っている。

(「パール・エッセイ集Vol.2」の作品より)








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