真珠パールエッセイ・私の真珠物語
 

八個目のプレゼント       片桐須美枝

 その日、道頓堀のある和風レストランで、若者達八人が集まって小さなパーティを開いていた。男女四人ずつ、小学校の同窓生で、高校を卒業したばかりであった。進学する者、就職先の決まった者、また家業に従事する者、それぞれの進路の定まった今、急にちょっぴり大人びた顔を並べていた。彼らは二カ月程前行われた、第一回目の小学校の同窓会で、三次会まで残ったメンバーだった。それまでは全員が仲良く頻繁に交際していた訳ではないのだが、その夜急に意気投合して、再開の運びとなったのである。
 だれかが言い出して一つの提案がまとまった。プレゼントの交換である。金額に上限があり、今のお金に換算して三千円程度だった。
 若者たちは約束通り携えて来たプレゼントをテーブルの前に置いて、くじ引きを始めた。
 二組の四本のくじ。一番を引いた者から、女子は男子の前に並べられた中から好きなものを選ぶ。男子は無論その逆である。中身は誰にも知らされていない。一番を引いた男女はその場で同時に包みを開けることになっていた。これが実にワクワクして次第に雰囲気が盛り上がっていった。料理が運ばれて来る。
 ワイワイガヤガヤと騒いでいた声に、ヒャーとかキャーとが混じり出した。リボンで飾られた美しい箱、しゃれた柄の袋などが次々にほどかれていく。ところが…、である。その中に一つだけ妙な形をしたのがあった。何と言うか、一見中位のサツマ芋を包んだような大きさの歪な包みである。
 持ってきたのはFだった。包装紙もありきたりの、家にあったましな包み紙という体である。
 M子はFの事を全く虫の好かん奴と思っていた。体ばかりでっかくて勉強は後から数えた方が速い。悪さばかりしていたずらが生きがいみたいなワルがきだった。細長い竹の棒でスカートをめくられた。ドッジボールをした時など、女の子なのに目の敵みたいに、力まかせでバンバン当てられたっけ。やせてチビだった私の事を「ホネカワさん」なんて呼んでみたり…。ろくな想い出ありやしない。Fが来るのが分かっていて何で来てしまったんだろう。
 学校へゲタ履きで来たり、時々どこかの大学生の角帽なんかを得意気に見せたりしてたっけ。成績ビリの癖して…。あんまり悪さが過ぎて運動場を走らされたり、水の入ったバケツを持って立たされたりしてたのにちっとも懲りない奴だった。今日だってくじ運の悪い私はきっと四番を引いて、あのサツマ芋が当たるんだ。M子は独り冷めた眼で、ゲームの流れを見つめていた。そして予感は的中した。
 プレゼントは、財布、ベルト、スカーフ、かわいい置き時計、珍しいデザインのティーカップなど、どれももらってうれしい物ばかりだ。それに引き換えこの八個目の最後の贈り物、開けるのも気味が悪いくらいだ。M子は半ばやけくそで、ばか丁寧にゆっくり開いていった。
 包みは驚くほど軽かった。包みをめくるとまた別の包装紙、それをめくるとまたただの紙。もう何なのこれ…。十六の瞳が凝視する中、最後に出て来たもの。それは何と一個の生の貝ではないか…。
「ヒェー」と誰かが言った。「かきじゃねえのか」M子はその時急に胸が高鳴るのを覚えた。アコヤ貝だ!、と直感したから。
 Fが心持ち柄にもなく赤い顔で、ポケットから小さなナイフを取り出した。彼女はドキドキしている。この貝の柔らかい肉の中に、本物の真珠が抱かれているんだ。
 そして貝は開けられた。
「入っている!」本物の真珠だ。
取り出してそっとグラスの水の中へ落として洗う。ハンカチの上に乗せてキュッキュッとふいたら、何とも美しい輝きで…。
 十六の瞳はしばし吸い寄せられていた。
 帰り際、F君が小さな声で彼女に言ったそうな。
「あんたに当たるといいなと思ってたんだ。俺、前に大分悪い事したからなあ…」と。
 ひょっとして、F君以前からM子を好きだったんじゃないの、と言うと彼女は黙っていたが、思い当たる節もあったようだ。
 彼女の童話好きは小さな頃からよく知っていたが、中でも一番のお気に入りは「みにくいあひるの子」であった。F君はそれを知っていたのだろうか。
 この日「みにくいサツマ芋」は、突如として光り輝く真珠に変身したのである。
 数日後、銀の台に収まったパールの指輪、三十五年たった今も、彼女の宝石箱の中にあるだろうか…。とこんな思い出話が懐かしい今日この頃です。

(「パール・エッセイ集Vol.2」の作品より)








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