真珠パールエッセイ・私の真珠物語
  〜「私の真珠物語 パール・エッセイ集VOL.1」 最優秀賞〜
◆真珠さん、母をよろしく     川原 恵美


画像 初めて会ったその女性は、やっぱりどことなく夫に似た顔をしていた。どんぐりみたいにクルクル丸くて大きくて、ネコみたいな目。情け深そうな分厚い唇が鼻の下にちょこんとくっついている。けれど、目尻にはくっきりと刻み込まれているものがあるし、口元にも老いが出ている。
 夫は三十数年ぶりに、実の母親と会った。夫の目には、涙はなかった。
 いくら彼女が生みの親と頭ではわかっていても、心が「うん」とは頷かない。長い時間が二人を隔てていた。
 夫には、もう一人、母親がいる。長い間、その女性にかわって育ててくれた母親だ。生みの親と夫との空白の時間は、育ての親が埋めてくれている。だから、夫が「お母ちゃん」と呼ぶのは育てのお母さんだけで、私にとっても義母はその女性だけだ。
 たぶん、そんな私たちの気持ちは、彼女にもわかっていただろう。ただ、自分が元気な間に、居場所も連絡先も知っている息子に一目会っておこうと思っただけのことだろう。
 夫のほうは、父親の七回忌を控えていたこともあって、ケジメをつけたかっただけ。生みの親に対して、育ての親に対して、そして自分自身に。
 彼女は涙に目を光らせ、ハンカチで口をおさえ、小さな肩をふるわせた。私たちの知らない昔の出来事が思い出されたのだろう。
 けれど、それは一瞬で、私の視線に気づくと冷静さを取り戻して、こう言った。
「かわいいお嫁さんをもらったんだね。私も再婚して息子が三人、娘が一人、孫もたくさんいるし、お父さんも元気だし、毎日がとっても平和。幸せに暮らしているよ」と。
 夫も「お母ちゃんも元気にしているし、みんな仲良く暮らしているよ」と言った。
 別れ際、彼女が白いものを夫に手渡した。夫は返そうとしたが、彼女はありったけの力を込めて、夫の胸に白い封筒を押しつけた。
「子供ができたら、顔みせにくるよ」と、夫は白い歯を見せて笑った。私も笑った。彼女はうれしそうに微笑んでいた。
画像 家に帰ってから数日後、彼女から電話がかかってきた。
「こんなことをしてもらったら、あなたたちには何も残らないじゃない……。でも、ありがとう。うれしかったわ」
 電話があったことを夫に告げると、
「そりゃあ、いいものだったからね」と、ニンマリ笑みを浮かべ自慢げに言った。
 彼女がくれた十万円は、真っ白な真珠のネックレスに姿をかえて、彼女のもとに戻っていったのだ。
 もう二度と会うことはないかもしれない。けれど、あの真珠のネックレスで、気持ちさえつながっていればそれでいいんだ、と私は思う。
 心にやさしい思い出をまた一つ刻むことができた、そんなあったかい出来事だった。



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